日本の近年におけるジェネリック化の流れ

 

2002年頃 医療機関の需要を促進イメージ画像⑧

インセンティブの導入

日本国内で中々ジェネリックの普及が進まないことを受けて、2002年に厚生労働省はジェネリ ックを処方・調剤した医療機関あるいは薬局は保険点数を2点加算できるとい うインセンティブを導入した上で、国立病院・療養所に対してはジェネリック 医薬品の使用を促す指導を実施しました。

つぎに、老人医療費の定率化、および医療費 自己負担比率を3割へ引き上げることによって、薬剤費に対する患者個人のコ スト意識を高める政策が採られました。患者のコスト意識が高めて、ジェネリッ ク品に対する需要が高まることを期待した施策でした。

需要側と供給側の両者ともに意識改革を行った積極的な施策と言えます。

次に2003年に全国の82か所の特定機能病院において、病院側が保険診療の際に受けとる診療報酬を定額化する制度「診断群分類に基づく 包括支払い方式(DPC)」が導入されました。薬剤に関して言えば、 薬をどれだけ使っても診療報酬は変わらないという制度です。

ジェネリックの利用促進効果がもっとも大きかったのは、2002年の包括支払い方式(DPC)導入だと言われています。 そもそも包括支払い方式DPCはジェネリックの促進を主眼においた政策ではなく、医療の効率化・医療費全般の削減を目標にしてたものだと言われています。

しかし、病院側にもコスト意識を植え付けることによって、ジェネリック(後発医薬品)の促進効果に繋がったと言われています。しかし病院も民間でのビジネスの一面がある以上は、病院側のコスト意識の問題というよりは、国側の対応が遅かったとも言えます。

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2005年 薬事法改正でグローバル化・分業化へイメージ画像⑨

2005年4月に施行された改正薬事法の目的の一つは、医薬品製造における分業の円滑化と、グローバル化への対応であったと言われており、ジェネリック産業には大きな影響を与えたと言われています。

 

2006年 処方箋様式の変更と代替調剤

2006年は、需要側と供給側の両面においてこれまでなかった施策が行われました。供給側では、ジェネリック製薬企業に対して新たな義務事項が課されました。

供給側への施策

まず初めに、先発医薬品が保有する全ての規格「剤型および有効成分の含有量」を、ジェネリック製薬企業も製造することが課されることになりました。 先発医薬品にとっては、需要が少ない規格もありますが、このようなニーズの少ない規格をも揃えることが、後発するジェネリック医薬品の安定供給を達成する上で重要と判断されてのことでした。

また、ジェネリック製薬企業は個々の商品を最低でも5年間は継続して製造販売しなければならないという規制が課されました。これもまた安定供給を目標とした施策の一つでした。

さらに、ジェネリックメーカーによる情報提供が不満だという医療従事者からの問題提起を受けて、医薬品の添付文書における記載情報の範囲が拡大されることとなりました。

需要側への施策

需要側では、ジェネリック(後発医薬品)の需要拡大を推進する施策として、2008年に処方箋様式の変更が行われました。新しい処方箋様式には、「後発医薬品への変更可」という欄が設けられ、医師患者によるジェネリック(後発医薬品)への選択肢が増えました。

医師が同欄をチェックした場合は、薬剤師が先発品をジェネリック(後発医薬品)で置き換えるという「代替調剤」が可能となるといったものです。代替調剤の手法は、他の先進国においてジェネリックの利用を大幅に増進した効果があったことから、導入されたと言われています。

 

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